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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
何しろ、炎は、ない風を呼びあつめて、鼻寺の境内、そのほか一町四方の木立のなかまで、夕焼のような明るさです。そして、伽藍の大廂から吐き出す黒煙りの影が、赤い大地を、むらむらとうごいてゆく。
雲霧と稲吉のふたりは、あまたの十手にへだてられて、わかれわかれに捕手の人数をなやましているようです。それも二手になって働いている黒い人影と刃物の光に察しられることで、いずれが稲吉やら雲霧やら、このあわただしい爆音と黒煙りとでは、とても、その行動を見てとることができません。
しかし、しばらくすると、一方の争闘が止んで、捕手の影が一団に蝟集したので、それが千束の稲吉を囲んでいたのだと知れました。さすがの稲吉も、遂に、力が尽きたのでしょう、折り重なった捕手の下になって、
「さわぐな。こうなりゃ女々しい真似をする稲吉じゃねえ」
いさぎよく脇差を投げ出しました。
で、わッという声をあげて、
「稲吉を捕ッたぞ」
と捕手たちが叫んだものですから、それが雲霧の耳へもとどいたとみえて、
「よし、おれが大刀と命がつづくかぎり、いらざるまねをしやがった柳沢家のやつらを、斬ッて斬ッて斬りまくしてやるから、見ていやがれ」