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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
鶏血の秋
花梨の梢に白い花がうごく。山葡萄の葉がペルシャ更紗のように染まる。
秋のあゆみは目にも見えてきました。
やがて武蔵野の碧空にも、赤とんぼの潮流が、旅人の笠の上に流れて来ましょう。ことに峡谷の山ふところ、高麗の郷高麗村の部落は、もう何もかも秋めいています。
そしてこの秋を、部落の長の千蛾老人は、ひどくさびしく閉じこめていました。
「おわずらいなさらなければいいが……」
家付きの郷士たちはうわさしている。
「あまりのんきらしく、大きな声で、臼挽歌などうたうなよ」
部落の土民たちも気がねして、盆の踊り、石神の燈籠祭りさえも、今年はひッそりと済ましたくらい。
「おりん、そこを開けてくれ」
その千蛾老人が言いました。
例の宏大な屋敷――御隠家の奥ぶかき一室です。老人は、鶴のような痩躯を鎌倉彫の小机によせかけて、
「秋だな。……もう秋だぞよ」
と、庭面の障子をあけた小間使いのおりんに向って、二度ばかり同じことばをもらしました。
「秋でございます」
おりんは、そこへ三ツ指をついて、
「障子をあけますと、木犀のにおいがお部屋へ流れてまいります。陽に蒸れて、むせるようではございませんか」