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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
居ならぶ郷士たちもその劇的な場面を見まもって共々に涙ぐましい情感にうたれました。
次郎の勘気も、この折からのこととて、一も二もなくゆるされました。何物より欲していた老人は石神の祠から失った洞白の仮面にも大して執着をもちませんでした。それは即刻、万太郎殿とやらの希望どおり、江戸表の尾州家へ届けてやれ、と至ってさっぱりした次郎へのいいつけです。
「ありがとうございます。では、近いうちに、これを持って、江戸へ行ってまいります」
次郎も、これでほんとに安心したというものです。で、またもや事故の起らぬうちと、彼はそれから二、三日目に、ふたたびわらじをはいて高麗村を出る。
峡谷の樹々は一日ましに朱く、秋の陽はきょうも高く澄んでいます。
御隠家様のゆるしをえて、江戸の尾州家へ仮面をとどけるべく次郎が武蔵野へ下りた時、おりんも二人の郷士をつれて、また、拝島の岡へ出直しました。
「もう、行かぬがよい」
と月江にも言われましたが、あのまま礼をしないのは心苦しいと言って、空屋敷の蚊帳をたずねてみたのです。
そこは、相変らずヒッソリとしていて、奥をのぞくと、昼だのに、萌黄の色あせた蚊帳の吊り手が一所はずれたまま、ダラリと陰気な姿をしている。