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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
幾たびとなく、礼をくり返していましたけれど、蚊帳はソヨともうごきませぬし、寝返りを打つ気振りもしません。
心残りの様子でしたが、おりんはぜひなく立ち上がりました。
外には、月江をはじめ、次郎、半五郎の三人が待ちぬいている。
やがて彼女はその人々と共に、夜更けにかけて高麗村の道をたどっていました。振顧ってみると拝島の岡が、悪夢の影みたいに黒く見える。
「だれだろうね?」
当然、四人の話題は、おりんの口から話された空屋敷の蚊帳に好奇をもち合って、しきりと詮索を試みましたが、遂に、おりん自身にも思い当るところがありません。
ほぼ小一里も歩いたかと思うころ、一行の前に、数頭の馬首と数点の松明があらわれました。近づいてみると、高麗村の郷士たちです。
何者が報じたのか、この夕べ、秩父の山岳切支丹族の者が里へ下りたという風聞が御隠家の耳にはいったので、おりんの帰りのおそいのを案じて様子を見に来た面々でした。で、月江はその明りに導かれ、意外に早く高麗村の屋敷に帰りつきました。
狂喜したのは千蛾老人です。オオ、オオ。ただそう言いつつ部屋へ連れこんで愛娘の手に涙をこぼす。