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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

折から祭日で、山へは里の男女が大勢参詣にのぼって来ているところなので、そんな風聞だけでも穏やかでないという風に、

「では、お疲れをお休めになって、暫時ここでおくつろぎ下さいますように」

と、蒼惶として奥へはいり、社家の雑掌や舎人を集めて、何か鳩首して相談をこらしているらしく思われる。

神官の察しのとおり、万太郎はかなり疲れておりました。何しろここ一ヵ月あまり、悠々と暖かい家屋に体を横たえたことがない。

しかも、日本左衛門の逃げた先は、杳として分りません。同じようにお蝶の駕の行方もわからない。――と言って、秩父の諸方を探し廻った釘勘の断案では、どっちもこの奥秩父より先には、逃げていまいと言うのでした。

何を相談しているのか、神官の返辞はなかなか参りません。万太郎は火鉢を抱えて、思わずウットリと草臥れの居眠りが出る。

その間のすることなしに、ふと耳にはいって来たのは神楽殿の古雅な楽のしらべです。さっきは湯立神楽の静かな鈴楽でしたが、今は序破急な大太鼓のとどろきに鎌倉舞の笛囃子がいとおかしげに交じって、楽天的な神代の明るさが山にあふれるかと思われるようです。