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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「おう……たいそうな人だな」
何の気なしに、釘勘と金吾が、そこの肘掛け窓をあけて、あなたの群衆に目をやりました。
群衆の上には、舞台が見える。舞台の板には舞人や楽人の姿が見えます。――と釘勘はその笛吹きのなかに、一人の奇怪なる男を見つけました。
吹いてる! 吹いてる! 夢心になって吹いている! 鎌倉舞の笛を吹いている!
その男は、道中師の伊兵衛に相違ありません。伊兵衛は例の阿佐ヶ谷組の神楽師の仲間にまじって、いかにもいい気持そうに、また得意げに、笛の高音を張りあげております。
「ほ……伊兵衛が居る」
「なるほど、道中師の伊兵衛ですね。あの野郎、妙な所で笛を吹いていやがるが、何しにこんな所へ舞い込んで来たのだろうか」
釘勘と金吾の二人は、腕をこまねいて社家の窓から彼の挙動を注視しておりましたが、神楽堂の上の伊兵衛自身は、笛に熱しきッていて、今は、笛以外何ものも知らない顔つきでした。
「うむ、そうだ」
不意に釘勘が席を立ったので、金吾は彼の身ごなしに、早くも察したものがあって、
「止せ止せ、釘勘。あんな者をこの場合に、召捕ったとて始まるまい」
「目にとまらなければそれまでの事、べつに気にもなりませんが、大勢の頭の上で、しゃあしゃあと笛を吹いているのを見ると、どうも目明しの職分として虫が納まりません」