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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「ウーム、それで甲府から、この地方に逃げ込み、昔の神楽師仲間にはいって、姿をかくしているのだな」
「何しろ、抜け目のない野郎でございますよ。……したが、あいつと絶えずつるんで歩いていた馬春堂の姿が見えないのはどうしたものでしょう……」などと釘勘は、その手出しを思い止まっても、まだ目明し気質な気ばたらきはやまないと見えて、じっと、眼も放たずに見ておりますと、突然、群衆と神楽堂の空間を、針のような白い光が、一本の筋を描いて飛びました。
「あっ――小柄」
と釘勘が、思わず声を発した時です、――神がかりのように熱して笛を吹いていた舞台の上の伊兵衛が、きゃッと悲鳴を上げて仆れたかと思うと、そこに鉾を持って舞っていた猿田彦命もお囃子の鼓師や笛吹きもみな総立ちに乱れ立って、わッと、一時に騒ぎくずれた模様です。
たしかに小柄の光が見えた。群衆の中にひそんでいた何者かが、伊兵衛の命を狙ッて放ったものに違いない――
はっとした咄嗟に、職業がら、釘勘の目だけは、多くの見物がせつなに気を奪られた所とは、見るところが違っていました。
彼は、伊兵衛が笛を持ったまま仰向けに仆れた、神楽堂の上の騒ぎよりも、その堂の下に人浪を押している群衆に目をつけて、小柄を投げた人間をじいっと物色しておるらしい眼ざしです。