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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「どちら様でいらっしゃいましょうか」

と、おりんも、手燭と共に、しとやかに式台へ指先をつかえます。

「秩父より越えてまいった旅の者でござるが、土地不案内な上に、御近辺には宿屋も見当らず、当惑して一宿の御無心に参ったのでござりますが……」

「まあ、それは御難渋でございましょう。では只今、主人にその由を伺ってまいりますから、暫時、そこへお腰をかけて、足なりとお休め遊ばしませ」

と、おりんが灯影を顔にゆらめかせて立ちかけると、そこに立った三人のうちで、応対していた前の武士が、

「や? ……あなたは」と、愕然としたことばにおりんを驚かせました。

「オウ」と、おりんも美しい目を丸々と見張って、

「あなた様は、この春先の頃、熱海の湯で私たちと一つ宿においで遊ばした、相良金吾様ではございませんか」

「いかにも、その時の金吾ですが、これはまた何という奇遇でござろう……」

「まあ、夢ではございますまいか、今も今とて、お嬢様とその頃の、うわさをしていたところでございますのに」

「すると、おたずね申すまでもなくこちらは高麗の郷の狛家でござるな……と、すると手前のうしろにいる連れのお方、万太郎様や釘勘とは、お嬢様も、また当家の小僕次郎にも、前からの御知己があるはずじゃ」