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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「では、夜も更けます故、どうぞあちらの寝間で御休息を。……手前はよいに早寝をいたしました故、家人どもの寝しずまっている間に、この絵図に註を入れておくことにいたします」と、老人は、机の上に樟板の図面をのせて、硯や細筆を調べはじめました。
万太郎が元の席へ帰って来た時に、ちょうど、金吾も庭先からそこへ来合しておりましたが、何か、いつもの落着きを乱されている様子が彼に見えました。
で、万太郎は最前の廊下のささやきを思いうかべて、
「金吾も月江に恋をしているのであろう。月江も金吾を恋している。さすれば、千蛾のたのみをかなえてやる事は、なんでもない事だ」
ひとりのみ込みに合点して、案内された一室の夜具に身をいれると、夢はもう夜光の短刀を手にいれた気で羅馬に渡る日の波音を聞いております。
金吾は、その次の間へ。
釘勘はその縁向うの部屋へ。
そして狛家の郷士たちも、それぞれ燭を滅して、奥の詰部屋に引きとり、やがてグッスリと寝入った様子です。
ひとり、やつでの窓に灯をかかげて、樟板の秘図に注釈の筆をコツコツといれていたのは千蛾老人で、シーンと夜半の寒さが身に迫ってきたせいか、時々、彼のしわぶきがそこから漏れて来る。