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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「お泣きなさいますな、お嬢様。あなたがお泣き遊ばすと、おりんも共に悲しくなってまいります」

千蛾老人が夜を徹している一室のほかは、どこの棟も、すべて寝しずまったであろうと思われましたに、

「りんや、ほっておいて下さい。私はなんだか、こうして夜明けまで泣いていたい」

庭のあずま亭に女の声がする。

「滅相もないことをおっしゃいます。この冷えびえする夜半に、いつまでこうしておりますと、御病気のためにも……」

と言いかけて、あわてて口をつぐみ、

「おからだの為にようございませぬ。さ、お寝みなさいませ」

うかつに出たことばを言い直しながら、月江の手を取って、無理にそこを引き立てました。

「だって、りんや、おまえ私の気もちを知っておいでだろう」

力なくおりんの手にもたれて、月江はまだ泣きたらないように、ほろほろと、歩みと共にに泣いている。

「分っております。……ですから、おりんが今に、きっとあの金吾様に」

「だめよ」

月江は、駄々に身を振って、

「おまえがお呼びして来ても、さっきのように、あんなに素気なくして、奥へ馳けこんでおしまいなされたじゃないか」

「でも、それは若殿の御用があるお体ゆえ、仕かたがないではございませぬか。