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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

とにかく、この際善後の処置を執らなければならない立場の者は万太郎でした。深い因縁というものか、ゆうべ千蛾が万太郎に苦衷を打ち明けてすがった言葉は、彼の遺言となったわけです。

曲者は日本左衛門と明らかに分っている。その目的も樟板の紛失したことで万太郎には読めていました。――しかし彼は迷わざるを得ません。千蛾の遺言を一同へここで発表したがよいか、悪いかということ。

それを話すには順序として、ぜひとも月江の恋に及ばなければなりません。一族悲しみ傷んでいる席で、それを語るのは、誰よりも嘆きの深い月江をして、いっそう悲痛な思いを加えさせるものではあるまいか。

機会がある。それを語るには語る機会があるであろう。

万太郎はかく思案をして、取りあえず月江に代って一同へ喪をのべ、向後の処置やあと始末などを計って、それから約七日程の間は、ほとんど狛家の遺族同様な立場になって暮らしていました。

――と或る日のことです。

程離れた山腹の禅刹に、千蛾の霊をとむらう鐘がものさびしく鳴っていた昼のこと。

その日、月江や万太郎を初め、すべての人々は寺へ行って、留守となった狛家の屋敷には、わずかな召使いだけがさびしい塵を掃いているのみでしたが、そのうちに、いつも台所の隅に、黙々と働いている唖の水汲男が、妙な物を抱えて、こっそりと裏門から