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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
ところが、そこへ来た旅合羽は、彼を見るや、わざわざ顔をそむけている前へ廻って来て、
「もし、もし。高麗村へ下るにゃ、どう出たらようございましょうか。あっしは甲州路からはいって来たんですが、信玄の隠し湯からずっとこっちで、変な方角へ踏み込みましてね、どこへ向いてもこの通りの山、今日で十日も道に迷っているんですが……」
と、腰をかがめて訊ねましたものの、相手に一向感応がなく、ぽかんとして、無表情に、いつまでそういう自分を見つめているのに間拍子を失って、
「へへへへ……」と意味もなく笑って見せました。そしてまた改めて、
「秩父の大宮か、武蔵の高麗村へ抜けたいと思うんですが、どっちが近うございましょうね」
と、畏る畏る問い直してみる。
この旅合羽は、秦野屋九兵衛でした。かの天童の切支丹村からあぶないところを脱出して来て、いまだにこんな所をウロウロしている様子ですと、今彼の言ったように、この際涯のない山中を数日歩き迷っているという事は、嘘ではないかも知れません。
「え、もし。これから人里へ出るにゃどう行ったが一番近いでしょうね。お前さんは何処から来てこれから何処へ行くつもりだえ? エエおい、不愛嬌な男じゃねえか、なんとか返辞をしたっていいだろう。