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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

……おやおやこいつは情けない、たまたま人間に出会ったと思ったら、さてはおめえは唖だとみえる。こいつが役に立たねえだろう、こいつが」

自分の口を指さして言うと、偽唖の男は、初めて一つうなずいて見せましたが、九兵衛がからからと打笑うのを、おかしくもなさそうに睨んで、すたすたと先へ行ってしまう。

そこで九兵衛もしかたがなく、彼と別れて、あてのない道を急ぎ出して行く。

するとやがて何処かで遠い鐘の音が聞こえて来たので、

「こいつは脈がある」

と九兵衛の足は急に勇気づいて来ました、そして例の疲れを知らない足どりで、峡谷の細道をひたすら急ぐうちに、だんだん人里くさい景観がひらけて来る。

ふと見ると、今しも彼が登りきって行った峡谷の上に、赤松の植林された円い小山があって、その中腹にある寺の石段から、一列の人がうつ向きがちに降りて来ました。

最前の鐘の音と思い合せて、これは誰かの野辺送りか、忌日の供養に詣でた人々であろうと、久しぶりに世間らしいものを眺めた九兵衛が、もの珍しそうに見ていますと、ひとりの侍女に助けられつつ一番先に降りて来たのは、白綸子の衣装に下げ髪をすべらした姿のいかにも処女らしく浄らかな十九か、二十歳ぐらいと見える女性です。