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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「高麗の郷や、武蔵野や甲府や秩父や、ずいぶん歩き廻られたのに、まだこの上何処へ行こうと言われるのじゃ」

「や、よく御存知で……」

「柳営には、お庭番という密偵の者が居る」

「伊賀者ですな」

「左様、それが時折いろいろな事を報らせてまいる。それを聞くのは、お駕台の下で、只今万太郎殿は五日市より小仏を越えて、峠の甘酒茶屋に着きました、などという事まで手にとるように教えてくれるのじゃ」

「ははア……」と万太郎は少し呆れた顔をする。

「しかしまだこれから遠方へ行くということは初耳であるが、一体どこへ行くつもりであるな?」

「羅馬へ渡ろうと思っています」

「羅馬へ?」

「如何でしょうか」

「よかろう。羅馬はよかろう。いかにも其許のような自由児には、この吉宗の政治を布く日本には窮屈で居たたまれまい」

「そこで、折入ってお願いがあるのですが」

「船の便なら、長崎奉行に申しつけて、蛮船の都合万端、よきように取計ろうて進ぜよう」

「いや、その前に」

「何であるか、申されてみるがよい」

「当江戸城のお庭を拝見させていただきたいのですが」

会話は、軽く進んでいますが、吉宗の腹にも一物、万太郎の胸にも一物、或る反感を隠し合っています。