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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「若殿、どうなさいました」
「きゃつ奴、わし達の居ることを、先に気取っておったらしい」
「今の礫に、何処ぞお怪我はありませんでしたか」
「いや心配するな。頭巾の端を掠ったのみじゃ」
「前にも御注意したこと、滅多に御油断はなりませぬ。先夜の男と只今の者とは、まったく別人でござりますぞ」
「しかし、何とも不思議なわけじゃ。この城内にどうしてあのような異装の曲者が出入りいたす隙があるのであろうか」
「その儀は金吾にも殆ど思い寄りございませぬ。城外の者か? 城内のお人か?」
「まさか城内の者が深夜あのような異装を作って徘徊いたすはずもなし、そうかと申して、要害無双なこの千代田城のあの幾重の濠や石垣や諸門を越えて入り込むことは人間業ではできないことじゃ」
「何にしても不思議な人物」
「謎だ……これは」
「若殿、御自重なさらんといけませぬ」
「ウム、気をつけることにしよう」
それ以来、二人は居所進退に気を配っておりましたが、例の不思議な人影を見ることは、その後も一度や二度ではありません。
吹上の嵐山を中心として、幽鬼の如く、夜ごと何物かを探して歩く人影は、万太郎と金吾と、そして優形の覆面と肩幅のある背の高い覆面の男と、時には、どれが誰とも分らないように、千代田の深夜を彷徨うのでありました。