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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
と、すがり付くように、呼ぶ声がします。
はッとして四辺を見ましたが、大きな牡丹雪が降りしきっているのと、雪をかぶった樹木の枝と、ヨハンの居ない石牢の鉄の格子が見えるばかり……。
「お蝶様。お蝶様。ヨハンをお探しでございましょうが。そのヨハンはここにおりまする」
「えっ、ヨハンだって?」
二度目のことばに驚いて、彼女がそこへ駆け寄って見ると、ああ意外です、秩父天童谷で会ったばてれんヨハンは、昔のままな姿で、石牢の中にじっと坐っております。
「まあ、ほんとにヨハンだね。ヨハン、お前はまた此処へ捕まって来てしまったのかえ?」
お蝶は石牢の中の人影を一時は幻影ではないかと怪しみながら、それが真実のヨハンだと知ると、あわれむ如くこういいました。
しかし、ヨハンはかえってお蝶の姿をこそ、哀れむような眼で見ながら、
「お蝶様、あなたは天童谷をなぜ抜け出して来ましたか」
「江戸が恋しくなったから」
「でも、世間はあなたを容れてはくれますまい。天童谷以外な所で、あなたを容れる所は、この切支丹屋敷があるばかりです。……オオ雪が吹きかけます。お蝶様、ここへおはいりなさいまし」
「だって、そこは牢舎じゃないか。