후리가나로 읽는 일본 고전
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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
柳田 国男의 故郷七十年(こきょうしちじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 257,350자 · 507화면
夫婦喧嘩の仲裁
わずかばかりでも俸給をもらっていたことが判る。
維新とともに学舎はなくなったが、両親が明治何年頃まで姫路にいたのか、私はよく知らない。どうかして姫路の教育史の中から熊川舎の結末が知りたいと思っている。
長兄の鼎は辻川で生れて姫路へ連れられたわけだが、父の姫路時代に二番目の俊次が生まれ、ついで三番目の泰蔵(後の井上通泰)が慶応二年十二月二十一日に、それから四男の芳江が生まれている。五男の友治というのは、私の直ぐの兄で、明治四年に辻川で生れ、四つまで生きていて私の生れる前に死んだ。この兄の生れた時には、両親はもう辻川に帰っていたことが判る。
母は熊川舎で書生の面倒を見ていたので、躾はなかなか厳しかった。父の方はそういうことをいっこうかまわないたちであった。
夫婦喧嘩の仲裁
辻川に郡役所のあったころ、郡書記の首席に福島という人があった。姫路藩の出身で、男の子が二人いて、下の方は私の弟の同級生であった。兄の方はもう書生でどこかへ出歩いていて、時々村へ帰って来ていたが、後に東京に出て「婦女新聞」の記者をしていた。この人がどういうわけか、私たちの母を喧し屋であったようにいいふらしたので、心外に思ってすごしてきた。