후리가나로 읽는 일본 고전
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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
柳田 国男의 故郷七十年(こきょうしちじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 257,350자 · 507화면
学問の本義
文字を知れば憂いが湧き、そこからおのずと何ものかが生れるといった風な考え方なのであろうが、私は文字を知る者を憂えさせてばかりいてはいけないということを、折に触れて説いて来たのであった。
たとえば前にふれたクロモジ、あれが何と呼ばれていようとも、それが何に使われ、どういう風にして今日まで保存されて来たのか、という点にまで説き及ばなければならないと思っている。あまりにも従来の日本人は、字ということにのみ重きを置きすぎたようである。
学問ということにしても「まなぶ」と訓み、「問う」という意味が長らく等閑に付されて来た。『論語』の中にも「学問」という語は現われており、「問いを学ぶ」ではなく「問うて知る、覚える」ことであるという気持を、最近漸く世間でも理解しはじめたようではあるが、私は戦前に一度、国民精神文化研究所において、学問ということについて論じたことがあった。
つまり学問とは一つの問題をもち、進んで世の人の意見を聞き、天然の事実を調査するものであるという風な意見から、「学」を「まなぶ」と訓む誤りを指摘したのである。「まなぶ」とは「真似ぶ」であって、同じことをくり返すことであろう。