후리가나로 읽는 일본 고전
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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
柳田 国男의 故郷七十年(こきょうしちじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 257,350자 · 507화면
先生の所を出て、そのころ美術学校の先生で、土佐派の山名貫義さんという年とった先生の所へ入門した。しかし、その先生も間もなく亡くなり、輝夫もちょっとまごついていたらしいが、もう一度雅邦先生の所に行くわけにもいかず、そのころまだ新進であった小堀鞆音さんにつき、美術学校の試験をうけた。鞆音さんは後にずいぶん偉い先生になったが、そのころはまだそれほどでもなかったらしい。
土佐絵は、小堀さんはまあそうではなかったが、近世の土佐派というものは、型にはまって、少しも新しいものの出る余地がなかった。それでも輝夫は迷わずに、ずっと小堀さんについていった。昔あったような絵具がいまはないとか、絵具の使い方がどうしても判らないのがあるとか、そういう技術上の障害があったにもかかわらず、いろいろ工夫して自分で道を開いていった。五十八歳という若さで死んだのも、あるいはこういう一途に打ちこんだことによるのかもしれない。油絵のカンバスのように斜めに立てかけておいて描くというわけにはいかないので、絹布を下に拡げて、俯向いて片肘をつきながら書く姿勢になる。群青とか緑青とかいう岩絵具の粉は重くて垂れるから、絹布を斜めにして下の方が固まったりすると大変な恥になるので、いきおい姿勢が悪くなって、身体に無理があったのかもしれない。