후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
柳田 国男의 故郷七十年(こきょうしちじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 257,350자 · 507화면
その顔容や、医師だった祖父の家とは競争相手だった児島氏の家までを、私はいまもまざまざと記憶している。同家は代々尚善を名乗ったものらしい。
それ以来、播州東部から、神戸・大阪を通過することなく京都と直接結ぶこの道路に興味をもち始めたのであった。
播州の中央部を貫くこの道路の存在は他県に見られない特徴あるもので、丹波の多紀・氷上二郡が兵庫県に編入された理由と意義もおのずから理解できるようである。山道を何とも思わなかったということは源氏の鵯越えだけではなく、昔の武士は山が戦の勝利に貢献するものであれば、山を使おうという気持が非常にあった。つまりこの道路を作った赤松家の利害が、京都の足利氏に近かったのである。いまも人に生国を尋ねて多紀・氷上だと答えられると、同郷人のような懐しさを覚えるのである。
学士院の安藤廣太郎君が氷上の出身であり、柏原の名家の出身田艇吉君の弟、園田寛君もこの成城の近所に住んでいて、いつも花山椒の佃煮を貰うのであるが、それは昔から有名なものらしい。もう一つ丹波地方への思い出として、播州の金持は遠隔の地から娶るのが例となっていたが、私のしばしば語る竹馬の友の三木拙二翁の細君は先妻、後妻とも丹波の人であり、そうした関係から丹波のよさが種々伝えられ、私の心の中に植えつけられたのであった。