후리가나로 읽는 일본 고전
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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
柳田 国男의 故郷七十年(こきょうしちじゅうねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 257,350자 · 507화면
の特徴である。しかしこの派でも、その方を主にはしていないのであるが。
本当は折にふれ、ことにつけて詠むのが目的で、題詠を練習するのであるが、そのころは題詠で競争する風習があった。体裁上やはり四季にわけて作ってはいたが、新しい歌とのつながりはこの「無題の歌」にあるのではないかと思う。『桂園一枝』にはそれが大分ある。私ども先生にわかれ、歌の会を離れてからは、むしろこの無題の歌を詠んでいたわけである。したがって出来ない年もあり、出来ない旅行もあったが、題詠はしなかった。この無題の歌というものが、新旧歌道の過渡時代ではないかと私は思うのだが、まだこのことを説明した人がない。
松浦先生は四十二年に亡くなられたが、そのころまで、私は旅行するとたいてい、七つか十、あるいは十二、三首歌が出来ると、もって帰って先生に見てもらったりした。それからこの方あまり自由になりすぎ、題詠はもちろん無題とも遠ざかり、自然に歌と縁が切れるようなことになった。つまり歌口が渋ったというわけである。
宮崎湖処子の『帰省』という心持にしても、そのころの学生がなんとなくこれに共鳴するのあまり、一種の概念にしてしまった感がある。