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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
いくら小仏だって、今の世に、そんな妖怪や変化が出てたまるもんか、そいつは眉唾物だよ、とテンから笑い消す者がある。
いや、そうじゃない――とまたそれに反説をかつぐ者もあって、狐だろう、狸の仕業だろう、否、野槌という河獺のような小動物の妖気にちがいないなどと、知ったか振りをするのもある。
また一人の旅の坊さんは、すべての俗説をしからずとなしてこう言う。
――それは木の精でも妖獣の業でもありますまい、私の考えでは、いつか小仏の峠で、非業な一命を落とした女人の霊魂だと思います。あえなくも浮かびきれない魂魄が、そうして、人なき夜の小仏を越えてはシュクシュクと泣くのでしょう。
「いやだぜ坊さん――」と一座が襟すじを寒くしていますと、片隅に空寝入りをしていた最前の若者が、
「もし、その千魂塚とやらは、これからだいぶ先でございましょうか」
と、初めて、明りの届く所へ顔をあらわしました。
「や、お前さんは、大山から御岳へ詣るとか言っていた行人衆だね」
「左様でござります」
「今頃に、千魂塚の道なんぞ聞いてどうするつもりだね」
「いや、にわかに急用を思いつきましたので、これから峠を越えたいと存じますが、今のお話に気味が悪く、そこを避けて行きたいと存じますので」