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それでもわたしはいく
それでも私は行く
織田 作之助
「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页
八
小郷はんやったら、あとあとのことも心配いりまへん。いやどっしゃろけど、まアうんと言うときなはれ。あんたが先斗町一の芸者になる気イどしたら、小郷はんみたいなお方にもたれときやす」
と、乗り掛った舟の、心にもない勢いで、口説いた。
「…………」
鈴子はじっとうなだれていた。
「ほな、きいとくれやすか」
黙っているのを承諾の意味にとったらしい。
「え……?」
鈴子は顔を上げた。
睫毛がふと濡れていた。
「いやどす……」
と、言おうとしたが、文の家のおかみや桔梗家のおかみの顔が怖かった。
鈴子は再びうなだれて、自分の膝を見つめた。
ポトリとその膝へ涙が落ちて来た。
八
鈴子は今まで桔梗家へ来るのが何となくたのしかった。
自分でもはっきりと意識したわけではなかったが、鶴雄の顔が見られるのが、うれしかったのだ。
顔を見ると、胸がドキドキしたが、これが恋というものだとは、十七歳の鈴子にはまだ判らなかった。
しかし、今ポトリポトリと膝の上へ落ちて来る涙を見ていると、鈴子の瞼には、もう鶴雄の顔しか泛んで来なかった。
「桔梗家はんへ呼ばれるのが、あんなにたのしかったのに、今はこんな悲しい想いをせんならん」