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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

七

女は弓子だった。

と弓子も鶴雄の顔を見て、びっくりしたようだった。

「――あなたはここの方だったの……?」

ふとがっかりしたような声で弓子はきいた。

「まさか」

と、言いながら、鶴雄は中へはいって、ドアを閉めると、急に声をひそめて、

「僕が小郷虎吉の家の人間である筈がないじゃないか。僕はただの訪問客に過ぎないんだよ」

「それもそうね」

弓子ははじめてにこりとして、

「お掛けになったらどう……?」

「うん」

鶴雄が坐ると、

「奇遇ね」

弓子の声はもう懐かしそうだった。

「うん」

「こんなところでお眼に掛れようとは思わなかったわ」

「偶然というやつは続き出すと、きりがないんだよ」

そして弓子と顔を見合わせて笑いながら、鶴雄はふと、今にも宮子が浴室からこの部屋へやって来そうな気がして、気が気でなかった。

すると、一体どういうことになる……?

いや、どうなろうとも構うもんか。逃げるなんて卑怯だ。とにかく、尻を落ち着けてやろうと思うと、もう鶴雄は糞度胸を決めてどっかとソファに凭れ掛った。

「で、あなたは……」

何をしに来たのかと、弓子はきいた。

「なあに、家庭教師に雇われて来たんだよ」