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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

八

七、「そろばん屋」で望月三郎に電話を掛けていた小郷真紀子から本代を恵まれたこと。

八、山吹教授をたずねて世界文学社へやって来て、小田策之助に会ったこと。

以上の経過を、詳しく語った。

「書けるね」

小田策之助は眼を輝かして、叫んだ。

「――ところで、そのサイコロは誰に貰ったの……?」

「いや、それは言えません」

鶴雄は赧くなって言った。

「――それだけは想像でやって下さい」

「よし、想像で行こう。大体見当はつきそうだ」

小田はにやりと微笑して、

「ところで、君はこれからどうするの……。あ、そうだったね。……山吹さんに用事があったんだね」

「ええ」

「失敬、失敬。用事のある君を引張り出して……。じゃ、もう一度、逆戻りだ」

小田は起ち上ると、勘定を払って、鶴雄と一緒にその喫茶室を出た。

そして、二人は再び錦ビルの階段を上って行った。

八

鶴雄と小田が二階の喫茶室へ行っている間に、世界文学社では新しい客が三人ふえていた。

一人はやはり三高の出身の仏蘭西文学者で、スタンダールやアランの翻訳家として知られている桑山竹夫。

もう一人は、これも同じ三高出身の仏蘭西文学者でA新聞の論説委員をするかたわらカミュの翻訳や「椿姫」