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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

三

折角何だから……」

貰って置きなさいと、「そろばん屋」の人は本を包んでくれた。

「今の方、どなたですか」

「さあ知りませんが……。ただ電話をお貸ししただけで……」

「そうですか……」

鶴雄は一寸ためらいながら、本の包みを受け取って、出て行きかけたが、何を思い出したか、急に戻って来て、

「電話貸してくれませんか」

と言った。

三

「もしもし、山吹先生のお宅でいらっしゃいますか」

「はあ、左様でございます」

「僕、三高文三丙の梶鶴雄ですが、先生御在宅でしょうか」

「只今、世界文学社の方へ参っておりますが……」

「そうですか」

と鶴雄はちょっと考えて、

「――それでは、世界文学社の方へ参ることに致します――。あ、もしもし、世界文学社ってどこでしょうか」

「寺町通りの錦ビルの四階だったと思いますが」

「はあ、錦ビルですね。――どうもありがとうございました」

鶴雄は電話を切ると、やがてそろばん屋を出て、三条通りを寺町の方へ歩いて行った。

鶴雄が山吹教授に電話を掛けることを思いついたのは、山吹教授の訳した「アメリカとは何ぞや」の本を見つけたためだったが、実に鶴雄は、学校が休暇になる前、山吹教授に、