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それでもわたしはいく
それでも私は行く
織田 作之助
「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页
そのことが、まず悲しかった。情けなかった。
「鶴雄さん、鶴雄さん……」
鈴子は文の家のおかみや、桔梗家のおかみにうながされて、二階への階段を上って行きながら、今はもうはっきりと恋をしていると判った男の名を、ひそかに叫び続けていた。
その鶴雄は……?
鶴雄は何もかも知っていた。
さすがにお茶屋の息子だった。隣の部屋でかわされている会話の端々に耳を傾けただけで、もう鶴雄に何もかも明瞭だったのだ。
「鈴子が小郷に……」
鶴雄は自分の顔色が変っていることを情けなく意識していた。
「なんだ、平気だ、平気だ!」
と、自分に言いきかせていたが、しかし、
「――鈴子が小郷に……」
「――鈴子が小郷に……」
「――鈴子が小郷に……」
窓の外を流れる加茂川の水音のように、悔恨と焦燥の響きを伴って、くりかえしくりかえし、あわただしく迫って来るこのいまわしい想像は、執拗に去らず、鶴雄の全身を取りかえしのつかぬ想いで、気の遠くなるほど、さらってしまった。
今こそ鶴雄は、あえかに抱いていた鈴子への恋情が――いや、その恋情だけが、自分の青春のすべてであるように、思われるのだった。
その青春が今、鈴子と共に失われようとしている……。