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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

三条通りにあるような、大きな旅館ではない。しかし、町中でありながら、ひっそりとした蛸薬師通りにありそうな、こぢんまりとした小綺麗さの中に、古い格式の匂いを渋く漂わせたこの旅館は、時々鼓の音がする。

お能の関係者がよく泊る――といえば、うなずかれるのだが、いかにも鼓の音でも聴えて来そうな旅館である。

だから、看板もデカデカと大きくない。看板というより、門標といった方が似合う。

竹に「ちぎりや旅館」とつつましく刻んである。

その門標の掛った軒下へ、鶴雄を待たせて、宮子は中へはいって行った。

鶴雄は手持無沙汰に、靴の先で敷石を蹴っていると、

「おい!」

と、肩を敲かれた。

振り向くと、同じ文三丙の伊村だった。

「――何をしてるんだ、こんな所で……」

「う……? うん。まア……」

曖昧に、少しあわて気味に言うと、伊村はちらと門標を見上げて、

「あ、そうか。小田策を訪ねるつもりか」

「えっ……?」

と、驚いたが、

「――あ、そうか」

小田策之助がちぎり家の別館に泊っていることを、昨日世界文学社できいたことを、想い出した。

しかし、伊村はどうしてそれを知っているのだろう。