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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

などの翻訳をしている吉井正太郎。

最後は、京大講師でリルケやトーマス・マンの翻訳をしている文芸評論家の中山定二。

この三人に、山吹教授、それから東大心理学科出身の島野世界文学社長を加えた五人は、小田と鶴雄がはいって行った時は、

「近頃の文壇はいわゆる文壇進歩党がはびこっていて、けしからん。文壇進歩党の大家連中は一ぺん爆撃する必要がある」

と、さかんに気焔をあげていた。

「――日本の文学がすこしも進歩しないのは、文壇進歩党がはびこってるおかげですよ」

小田はすかさず、例によってまずい洒落を飛ばしながら、あいた椅子に腰を掛けた。

「文壇進歩党の文学は俳句の写実と、短歌の抒情以外に一歩も出ないんだよ。もっとも文壇社会党には便乗的民主主義が多くていかん。昨日までの戦争便乗者が、頬かむりして、いえ、もともと私は左翼でしてと、文壇社会へ仲間入りしている」

「ところで、小田君」

と、吉井正太郎が小田の気焔をさえ切った。

「君、こんな話知ってる」

「知りません」

「知りませんって、まだ何にも話してないよ。あはは……」

小田の分類によると、三高出身者には、軽佻浮薄派(さしずめ小田がその代表)と、重厚派の二種類あるが、吉井は、「重厚派と見られることを最もいやがっている所の重厚派」