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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

弓子はその手を振り離そうとしたが、望月は執拗に離さなかった。

「離してよ」

「離さない」

己惚れの強い望月は、自分の美貌と人気(ことに歌の魅力)を以ってすれば、どんな女も自分を拒まないという自信を持っていた。おまけに、自分は弓子の秘密を握っているのだ。この手のように握っているのだ。だから、簡単に誘惑出来ると思い、いきなりそんな振舞いに出たのだった。

一つには、一体に旅館の部屋というものは、旅情的な女恋しさの情をそそるように出来ているので、君勇にふられた不満を、君勇よりももっと新鮮な魅力のある弓子の体に求めようとして、思わず知らずわれを忘れて手を出そうとしたのかも知れない。何れにしても莫迦げた真似を、望月はしたものだ。

果して、ピシャリと撲られたのだ。望月としては、自尊心を傷つけられること、おびただしいものがあった。

「もうこうなれば、意地でもこの娘を誘惑しなくてはならない」

望月はそう思って、あくまで手を離さなかったのだ。

「離さなければ、声を出すわよ」

弓子は弱身を見せまいとして、キンキンした声で言った。

「そりゃよした方がいい。声を出すと、君のためにならん」