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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「はて、困った」
と、迷いましたが、ふと見るといつのまにか、今の物音の途端に外して行ったのか、相手の刀は消えています。
すッぽかされた道中師の伊兵衛も、それ幸いと飛び出して、初めて、床下から腰をのばして見ると、陽はすでに暮れて花のおぼろ夜――
二官の家の庭先の桜が、なんの凶兆を暗示してか、しきりに降り散って、それが山屋敷じゅうに繽紛と、高く低く、迷っているかに見えました。
すると、そのとたんに――お蝶でした――お蝶にちがいありません、家のうちから落花の庭先へ、突きとばされたように転んで来て、そこへうッ伏せに仆れたかと見ると、帯も黒髪もしどけなく、よろ、よろ、と足元もあぶなげに、ヨハンの石室の方へよろめいて行く様子。
――そのあとで。
伊兵衛はすぐに家の中へ土足で飛び上がりました。行燈の灯も今宵はともされぬままでありましたが、花明りでそこらを見れば、目もあてられない有様で、乱脈をきわめた反古のなかに、刃を当てた二官の死骸が、冷たくなってねじくれている。
無残……
二官の死に顔はまだ泣いているようです。
「どうしたのだろうか?」
刃物はかれの手を離れて、ふすまの下にほうり出されてあるので、伊兵衛にも、たッた今の経緯が判じられないで、