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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「不吉な!」
と、叱られて、万太郎もハッと口をつぐみましたが、
「では、急ぎな矢先、これでお別れといたそう」
「貴公は」
「……む、自分は今、根岸の方に」
「兄上の尾州殿のお姿も、ついその辺でお見かけいたしたが」
「や、兄貴が来る? それはいかん」
と、万太郎はすこし狼狽して、
「自分もきょうは急ぎの出先、これで御免を」
「オオ、こちらも火急なところ故、御免!」
「いずれ!」
「いずれ!」
と双方、端的な会話を投げ合って、吉宗が江戸城へ鞭を上げてゆくと、万太郎も、笠を抑えたまま、大名小路の陰へと、逃ぐるがごとく馳けこみました。
石焜炉をハタハタたたく団扇の風に、白い灰が往来なかへ、淡雪のように舞ってゆく。
ぷーんと、木の芽に味噌の焼けるにおい……
ちょうど日ぐれ時、夕飯の潮時。
今、軒行燈に灯がはいッたばかりの「木の芽でんがく」の店にはかなりな客足です。
「ゆるせ」
と、その奥へ通って行ったのは徳川万太郎。
あたりの客の膳を見廻して、
「あのようなものをくれい」
と、小女に注文する。
田楽屋へはいッて、あのようなものという注文は、かなり下世話に通じているようでも、やはり大身の若殿らしい。