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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
は、は、は、は」
笑いながら、葭簀を分けて、醤油くさい店先へずっとはいると、それでも白いものを塗った女の顔が愛嬌よく、
「いらっしゃいまし」
と、床几の位置を直してくれる。
「酒」
「はい」
支度をさせておいて、稲吉は奥の床几を門近くズリ出して来ながら、
「親分、ここに腰をおろしていると、曲独楽の小屋の背中が、そッくり一目です」
彼の笠も、今、その方角に向いていました。
酒の燗をつけて、何か膳に見つくろっていた女は、べつに深い意味のあるその話を、すぐ横から奪い取って、
「あの、粂吉さんの曲独楽をごらんになりましたか」
「いいや、おれはまだ見ねえが、どうだね、評判は?」
と、稲吉が軽く相手になる。
「とても、大変な人気なんですよ」
「へえ、どう大変なんだい」
「何しろ、美い女だっていうんで」
「おや、それじゃ、独楽はそッちのけだね」
「何にしたッて、あなた、女の太夫さんなんていうものは、芸より顔でござんすからね」
「つまり、居酒屋にしてみれば、酒よりはお酌というわけだな」
「ホ、ホ、ホ。まあ、そんな塩梅なんでございましょうね。それですからね、あなた、日のべをしてまで、まだあんなに毎日入りがつづいているんですよ」