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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「たしか、次郎さんと言ッたね」
お粂が見入るように目元で親しげに言うものですから、次郎はぽッと顔を赤くして、
「え。次郎って言います」
「それについて、実は、お前さんなら知っていやしまいかと思うんだけれど……、あの熱海の宿で、私と一緒にいた相良金吾という人、お前さんも知っているだろう」
「相良さん。ウム、知っている……」
「そして狛家のお嬢様、月江様とか言いましたね、あの月江さんと金吾さんが、私に内密で、熱海にいるうちだいぶ懇意にしていたようだけれど、その後何かの様子を聞かないかえ」
お粂の粂吉が、わざわざ使いをやって、次郎を楽屋に呼んだのは、まったく、相良金吾ののその後の便りを、少しでも聞きたいばかりの手段でありました。
ですが事実は、お粂が邪推を廻しているほど、当の金吾と月江様とが熱海において格別な親しみを作っていたわけでもありませんので、次郎があれから後の金吾の消息を知っているはずもないのでした。
で、彼女の目企みは見事に外れましたが、今度はかえって次郎の方から、
「あの、お粂さんは、元江戸の水門尻という所に居たことがあるかい?」
と、思いがけない反問を出して来ました。