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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「小仏越えの道は長え……」

と、呟く如くいいました。

無論、これなん日本左衛門と先生金右衛門の二人。

川越の宿や扇町屋あたりの噂から、わずかな手がかりを得て、ここに、ようやく迷路の人――切支丹尾敷のお蝶の行く姿をみとめ、今は心にも多少、余裕があるふうです。

日本左衛門はお蝶の生命をとるべく、また、久米之丞と月江とは、お蝶の手から鬼女の仮面を取り返すべく、ちょうど同じ小仏の麓、小仏の立場に宿を求めた晩――。

時刻にすればそれとは行きちがいに、夜半に向うその頃を、男も怖れをなす小仏越えに、ただ一人、足を向けてゆく不思議な女性がありました。

ここは、旅をするほどの者がたれも知るとおり、甲州街道の咽喉で、相州津久井県と武蔵の国の分水嶺でもあります。――小仏の名の起こるいわれは、俗説によると頂にある小さな石地蔵によるともいい、あるいは峰の大日堂にもとづくとも伝説されている。

峠の嶮しさ、幾曲りの道の気味わるさは、申すまでもありません。昼でさえ、巡礼の親子が殺されたの、侍が裸体になって降りて来たの、女の悲鳴を木魂に聞いたのという嫌な噂が、昔から小仏の山の名と何かの因縁を結んでいるように、この往来に絶えたことがない。