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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

ですが、彼等にしてみれば、この小仏の日ごとに往復している帳場なので、難路も一向難路ではありますまい。殊に、麓でチラと見かけた、あのくらいの縹緻の美い玉というものが、そうザラにこの辺で拝めたものではありませんから、それを知って、指を銜えて過ごしては、立場稼ぎの冥利につきる。

お蝶は、最前下の方でオ――イという声を確かに耳にしましたが、まさか、そんな女肉の猟人が、くッ付いて来るとも思わず、幾曲りの道のつづくにまかせて歩みつづけているのでした。

しかし、いつまた、忽然と物騒な男に会わない限りもないので、例の般若は顔から離しません。金色に光る般若のひとみは、あらゆる魑魅魍魎をにらみすえて、青い星光と冷ややかな風とのなかを、静かに、道を拾って行きます。

「あ、ここが小仏の石地蔵かしら? ……」

ふと見ますに、そこに一宇の堂がある。

けれど、峰の地蔵にしては、ここはまだ、四、五丁の胸突きを越えたばかりの小平地で、小仏岩までの峠道二十六丁、中の茶屋までの十二丁も前に残っておりますから、按ずるにその堂みたいなものは、昔、武田衆が武相乱入の折に人馬千魂の弔いをしたという経塚の名残りであるかも知れません。