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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

探しぬいていた月江と次郎が、その戸の外に立っていようとは夢にも予想しない事ですから、胆をつぶして、にわかに会話を合すこともできない。

だんだん事情をたずねてみますと、おりんは気を失って、自分が土の下になった意識もなかったそうです。彼女が気がついてみた時には、この空屋敷の縁がわにあげられていて、板の間の冷たさに身ぶるいをすると共に、口の唾液に丹薬のにおいが胸までひろがって、清々としたそうです。

そうして、彼女が何気なく立とうとすると、奥の方で、こういう男の声が聞こえたといいます。

(お女中、べつに怪我もないようだから、もう安心するがいい。手足を洗うならば、風呂場に火打石も薪もある、ともあれ、夜中では里へも出られまいから、今夜はこの空家にやすんでゆくとするさ。どこでもすきな部屋へはいって、有合せのものを着てやすむがよい。ただ、灯や火の気は禁物、用がすんだらすぐ消しておくことだぞ)

そう聞こえたのは、三間も四間もへだてた薄暗い奥の座敷で、ことばの主の姿は見えない、ただほのかに、青い蚊帳の波がよれていたそうです。

明りがないので、どこの部屋も厚ぼッたい暗が四角に区ぎられてあるのみです。