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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

また一戸の家の窓からは、意味のくめない郷土歌が、ふしおもしろく聞こえてくる。どうもこの盆地には、少なからぬ人口がおるようです。まだ目に見えない人家も大分あるらしく感じられました。

いよいよ不審に思ったので、

「おい、あの小屋にも、おめえ達の同職が住んでいるのかい」

と、新助が案内のひとりに問いますと、漆掻きが答えますには、

「あれですか。ありゃみんな細工場でございますよ」

「細工場……へえ?」

「今あるいて来た所に、大きな水車がございました。あれから水の力をとって、轆轤の歯車が廻っています。小屋のなかには大勢の者が、板を挽いたり、木地を轆轤にかけたり、磨きをしたり、仕上げをかけたり、そうして、彫るものは彫りをつけ、塗るものは砥の粉をすッて漆を拭きます。――そういう細工場なのでございます」

「はてね、そうして、何をこしらえるんだね」

「何ということはございませんので。盆、箸、箱物、椀のようなもの。クリ物も出来れば漆器も作ります。そうしてこの辺にドッカリと雪のある間は、作り溜めておくのでございますよ。つまり、これからがその季節で。それから春夏の間になると、わし達も旅支度をして、諸国へ売りにあるきます」