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それでもわたしはいく
それでも私は行く
織田 作之助
「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页
そういう点では、小郷は可哀相な男である。
「しかし、おれは耳かきですくう程も同情する気になれないのだ」
なぜ、なれないのか。
小郷が情欲の権化みたいな男だから――というのではない。
たとえば「罪と罰」のズヴィドリガイロフという男は、情欲の権化みたいな男だ。
しかし、ズヴィドリガイロフという男が情欲の権化であることは、ズヴィドリガイロフにとって宿命的なもので、いわばこの男が背負わねばならぬ十字架にひとしい。だからその重荷を背負う苦悩が深い皺となって、顔に刻まれている。
「つまり、ギリギリ一杯なんだ」
と、鶴雄は鶴雄流に解釈した。
「――ところが、小郷と来た日は……」
情欲は単なる本能に過ぎない。金と閑と名声と厚かましさを持っているが、自意識や高貴な精神に欠けている中年男がふと陥りやすい淫蕩生活へ、小郷は何の反省も苦悩もなく自然に陥っているだけだ。
「だから、苦悩がないんだ。小郷のあの生活は、小郷を少しも傷つけていない。つまり、情欲的であるということは、小郷にとってはギリギリの宿命的な生活ではないのだ」
鶴雄はさっき階段を上る時に見た、小郷の屈託のなさそうな顔を想い出しながら、そう呟いた。