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それでもわたしはいく
それでも私は行く
織田 作之助
「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页
「何という浅ましさだ!」
という想いが、すっと頭をかすめた。
が、しかし、それに抗しかねるほど、鶴雄の美貌や若さやうぶな固さは、宮子には魅力があった。
だから、殆んどわれを忘れていた――と言ってもよかった。
室町のお能に出る東京の能役者たちが泊っているのであろう、階下の間から、物憂い鼓の声がいかにも晩春の白昼の感じで聴えていたが、もう宮子の耳にはいらなかった。
鶴雄の耳にも、しかし、はいらなかった。
といって、鶴雄はわれを忘れていたわけではない。
ただ、驚いていたのだ。いや、腹を立てていたのだ。
宮子の熱っぽい息が、ふっと鶴雄の頬に掛った。
鶴雄は飛び上った。
「何をするんです」
「構わないでしょう……?」
宮子は再びすり寄って来た。
「本当に帰るぞ!」
鶴雄は柔い宮子の胸を押しのけながら、子供の喧嘩のような声を出した。
「撲ってよウ!」
宮子は火のような声を出した。
二十七歳の身体の中に燃えている火が、そのまま燃え上って来たような声であった。
「よし!」
声は低かったが、宮子の頬の音は高く鳴った。
「もっと撲って!」
そう言ったかと思うと、宮子はいきなり鶴雄の胸にガブリと噛りついた。