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それでもわたしはいく
それでも私は行く
織田 作之助
「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页
弓子も笑って、
「じゃ、お返しするわ」
「ありがとう」
「あらッ?」
「……? ……」
「だって、おかしいわ、もともとあなたのものじゃないの、礼を言うのはおかしいわね」
「じゃ、礼を言うのは止そう」
「その代り、この百円もいっしょに持って行って頂戴!」
「いや、そりゃ困る」
「困るのはあたしの方だわ、だいいち、後味が悪いし、それに、それじゃ何だかあたしがみじめだわ」
「しかし、この金あんたはいるんだろう?」
「お金のいらない人は今時ないわね」
弓子はちょっと皮肉な口調になった。
「それ見ろ」
「何がそれ見ろなの?」
「あんたはただの掏摸じゃないんだろう。ねっからの掏摸じゃないんだろう」
「誰だって、生れた時から掏摸じゃないわ」
「いや、僕の言ってるのは、そんな意味じゃない」
と、鶴雄はもどかしそうに、
「――つまり、何といったらいいかな。――そうだ。つまり、あんたのようなひとが……」
「あんたのようなひとって、どういう意味……?」
「つまり、スタンダールを読んでるようなひとっていう意味だ」
鶴雄は机の上に置かれた岩波文庫へ眼をやった。仏蘭西の作家スタンダールの「赤と黒」の訳本だった。