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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

「もうじき来やはりますえ」

「来る来るって来んじゃないか」

「いま貰い掛けましたさかい、じきどす」

「一体どこの座敷へ行っとるんだい、君勇のやつは……」

さんざん待たされたので、小郷は野暮な声を出して、野暮なことをきいていた。

「祇園へお呼ばれや――言いましたやろ。何べん言うたらお分りどんネ」

鴨川踊りの初日に鳥追女を踊る市龍という、面長の背のすらりとした芸者が、なんと野暮な客だろうと呆れながら、

「――さア、おあけやす。ぼうふらが湧きまっせ」

と、ビールの瓶を持った。

「よし飲む」

一息にのみほして、

「祇園の何という店だ」

「知りまへん」

市龍は横を向いてしまった。

君勇が先斗町から呼ばれて行った先は、祇園の備前屋だった。

わざわざ名指しだったが、お座敷は見知らぬ顔ばかりだった。

世界文学社の島野二三夫、評論兼翻訳家の桑山竹夫、同じく吉井正太郎、同じく中山定二、小説家の小田策之助という、凡そ粋ならざる書生っぽばかしの一座であった。

実は、桑山竹夫が今日仙台からやって来たので、その歓迎の意味もあり、島野の招待で一同ぼそんと備前屋の二階にやって来たわけである。

名づけて「林檎の唄を歌う会」