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それでもわたしはいく

それでも私は行く

織田 作之助

「京都日日新聞」1946(昭和21)年4月25日~7月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,708 字 · 181 页

青空文庫

「やっぱし京都はええなア」

思わず溜息をついて、

「――お前とこないして橋の上を歩いたこともあったなあ」

未練たらしく、しみじみと言った。

「ほんまどしたなア」

さすがに君勇もその頃がなつかしかった。

三好は大阪ではかなり知られた呉服屋の主人で、三日にあげず京阪電車で京都へ来ると、先斗町の君の家で君勇と会っていたのだ。

そして、来るたびに泊って行き、都ホテルや琵琶湖ホテルへ君勇を連れて行ったこともある。

いわば三好はお茶屋に公然とそれが出来る所謂旦那だったのだ。

そのためには随分金も使った。

三好の入れ揚げ方はさすがに大阪商人らしい思い切った気前の良さだった。

しかし、君勇は三好が自分のためにそんなに金を使うのを見ても、別に心苦しいとは思わなかった。

むしろ絞り取ると思われるくらい使わせた。

そして、それを悪いことだとは思わなかった。自分の体を自由にさせている代償として、当然のことだと思っていた。それが芸者の生き方だと思っていた。

先斗町に芸者の子として生れ、先斗町に育ち、天成の芸者として先斗町で暮して来た君勇にとっては、先斗町のしきたりというものが、身にしみついていたので、旦那とは金を使うものとしか考えられなかったのだ。