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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
と――其処から小半町、
「あ。お蝶さんで」
その流れの水に屈み込んで、目笊に摘み入れていた芹の根を洗っていたお人好しの率八が、木履の裾を見上げて声をかける。
「あら、今日は」
と、お蝶がこッちの岸から笑い返すと、率八は腰をのばして、
「見違えちまッた――今日は馬鹿に綺麗にお化粧して、それに、素晴らしいおめかしじゃありませんか。それじゃまるで、瀬川路考大家のお嬢様のようですよ。そこで、どちらへ?」
「あの……お前のうちに居る人へ、少し用があって来たんだけれど」
「親分も、お蝶が来たら起こしてくれと言っていました」
「じゃ、ゆうべ書いて置いた物を、読んでくれたのね」
「とにかく、こッちへお渡りなさい」
「あら、怖い……」
二間ばかりの小川の丸木橋を、操りのお染のように、怖々と木履で越えて来る娘らしさは、前の夜の男装覆面の彼女とはどうしても同一人とは思われません。
「親分、来ましたよ」
率八に揺り起こされて、眼をさました日本左衛門も、今まで幾度となく見たお蝶よりも、今日のお蝶の思い切った濃艶なおめかしに、思わず眼を奪われて、
「おう、上がるがいい」とは言ったものの、殺風景の納屋の隠れ家に、多少テレない訳にはゆきません。