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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「しまッた!」

と叫びざま、左右へ離れてのめりました。

耳をつンざく呼子笛の音が、一息のうちに律を刻んで四方へ響きを伝えますと、相手の足をすくッた繩の左端から、

「日本左衛門、御用」

と呼んだのは、まぎれもない釘勘のどす声であり、同時に繩の右端から、

「お蝶、待てッ」

と野槍を持って躍り立った人影があります。それはここに捕手を導いて来た高麗村の怪童次郎に相違ありません。

次郎が鋭い勢いをつけて、お蝶へ野槍を向けて来たのを見ると、率八は驚きながら、有り合う舟の鈎棒を持って、

「お蝶さん、舟へ、舟へ」

と、おのれが代って彼の相手に立ちました。

咄嗟、あぶなかったのは釘勘の頭蓋骨でした。呼子笛を口から放した途端に、鬼神のごとく怒った日本左衛門が、身を蹌めかせた反動を抜き打ちにかざした長船の大刀に乗せて、

「釘抜き。まだ生きていたかッ」

と、飛躍と共に、斬り下げて来たのです。

何の尺二、三寸の十手がそれを支え得ましょう。ガッキと受けたら長船の刃はこぼれて飛んだかも分りませんが、その代りには釘勘の脳骨がたしかに二つに割れたでしょう。

元々、目明しや捕手などは、武芸をほこる武芸者ではありませんから、どう穢い逃げ方をしようが、逆トンボを打とうが、要は、怪我をしないに限ります。