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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「あぶない!」
と日本左衛門。
肩を開いて、斬り辷って来た万太郎の刀の柄手をグッとつかみ取るなり、
「殿様芸の刃ものいじり、金吾のてつをふんで怪我をするな」
グワンと耳へ釣鐘をつかれたような大喝に、さしも徳川万太郎、思わずハッと気が眩んで、屋根の天ッ辺から大地へ投げつけられるかと気をちぢめた刹那!
「ううむッ」
と、弦を掛けられた弓のように日本左衛門の体が反り返ったかと思うと、いつのまにか、その胸元へピッタリと斜めに食いついている磨きの十手。
「実名浜島庄兵衛ッ、御用!」
まぎれもありません、目明しの釘勘。
ここに人影ありと見て、下の捕り物を組子にまかせ、自身屋上によじ登って来てみたところが、見当らぬ日本左衛門と万太郎とがそこに影を重ねていたので、猶予なく、うしろから差廻した十手の閂、
「御用」と、一つ絞ってみたのであります。
「洒落ッくせい」
さすがは日本左衛門、動じるさまもなくうしろへ身を捻って、顔をながめ、
「うぬは釘勘だな」
「…………」
釘勘は声が出ない。
今や、自分の内ぶところに、緑林随一と誇称する大盗の五体をかかえ込んでいる。全身からふり絞っている力は歯の根と十手の先に集められているのに、この際、何の四の五を言っている余裕などがあるものか。