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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
その暗合符の見方を問いましたが、
「へへへへ。あなたは尾州の若殿でいらっしゃいます。そんなことを御勉強なさらなくっても……」
てんで相手にしてくれない。
でも、興にふれると是が非でも、つきとめたいのが万太郎の性質、なおも追求して、目明しの秘機を饒舌らせようとすると、
「? ……」
あらぬ方へ、釘勘の目が吸いついている。
それは天井の千社札ではない、本堂階段の降り口にあたる方角。
そこからかなりの距離がありましたが、今しも、涅槃桜のそばを通ってゆく兵庫くずしの女を、群衆の中から見つけ出すと共に、
「あっ……お粂だッ」
欄をとび越えた釘勘。
もう万太郎の眼のあたりには居なくなっております。
兵庫くずしの姿を目あてに、七番堂から馳け出した釘勘の跳足! かれの得手とする捕繩の風を切るより早く。
織りなす開帳の人浪をこぐり抜けて、仁王門の前まで息をきって行く。
と――お粂も気どっていたのか、朱の丸柱の影を交わして、ニッと凄いほど白い顔を、釘勘の方へ酬いたように見えましたが、
「――御苦労さま」
といわないばかりに、姿は素早く石段を降りて、なだれる人渦の中へ吸いこまれて行く。