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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
馬春堂は一も二もなく尻ごみして、
「乗れません、はい馬になぞ、元来、乗ったことのない売卜者でございますんで、どうぞ、そればかりは御用捨を」
「乗れないことはないッ、乗れと申すに乗らんか」
「でも、まったく、馬術のおぼえがございません」
「おぼえがなくとも大事ない。乗れッ」
「だ、駄目です、こればかりは」
「まあいい。教えてつかわすから、その鞍縁へ手をかけて見ろ」
一難去ってまた一難。あわれに馬の尻を見ている、馬春堂の泣きたそうな顔です。
「これくらいの馬に乗れないとは世話のやける男だ。ええ、面倒くさい」
そういうと、癇癪を起した一人が、いきなり馬春堂の襟髪をつかんで、取って投げるように肩へ引ッ懸けたかと思うと、
「やッ」
と、鞍の前壺へほうり上げて、自分もそれへヒラリと飛び乗ると、かれの体をしっかと膝へ抱きこみました。
「むッ……、苦しい」
それや苦しいでしょう、無理はない。馬春堂はゆうべからの半死半生。
亀泳ぎをしてもがきましたが、そのはずみに、かれの手を離れて、駒の足元へカラリと落ちた一個の箱がありました。――落ちた途端に蓋がとれて、その中からころころとおどり出したのは鬼女の仮面、口は耳まで裂け、眦をつり、青隈の色も物すごく、大地へピタリとすわッている。