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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「あッ、般若の仮面!」

馬春堂は驚かないが、驚いたのは三人の武士、その凄気にうたれて、思わず一歩足を引きながら、

「なんだこの箱は?」

「仮面箱だろう」

「ウーム、この般若はまたおそろしくよく出来ている!」

よく出来ているはずです。一代の仮面工出目洞白の逸作、尾張中将の秘蔵から世に迷い出た拝領仮面です。

馬春堂は穴から救い出される時にふと気がついて、この品を、ついでに持って上がったのですが、こんな事になるならば、むしろあのまま銭瓶の穴の底に、置き残してきた方がよかったものを――と後悔しました。

「おい、貸してくれ」

と、馬上の侍は手を出して、

「――それを」

「般若か」

「般若も、その仮面箱も」

「手綱と荷物がある上に邪魔ではないか」

「じゃ、箱の方だけ、貴公たちに、持って行ってもらおうか」

「仮面は」

「顔へつけて参る」

「酔狂な!」

「いや、夜だ! 覆面がわりに」

「なるほど、それも春興か」

取って渡すと馬上の侍は、仮面をピタリと顔へかぶって、

「尾いてくるか」

と、手綱を進めかけながら、うしろを見る。

「うむ、追って行くが、あまり飛ばすなよ」

「心得た」

駒は石神堂をあとにして椎名方面へ一散に走り出してゆく。