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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

それも軽い戯れでした。

くったくのない蝶々のように、月江とおりんの主従は、それから次郎の姿をさがしに、下町の坂を北の方へ向って駆けだして行く。

「あら、また坂がある」

「熱海の宿は坂ばかりでございますね。それも、みんな短い坂道ばかりが……」

「武蔵野には坂がない」

「あんな海もございませんのね」

「りんや」

「はい」

「次郎はいッたいどこへ行ったのだろうね」

「さあ――こッちにも見えませんが――また遠ッ走りをして、走り湯の権現様の方へでも行っているのじゃありませんかしら」

「おや、あそこに沢山人が見える」

「ほんとに、たいそう人がたかッておりますこと」

「居るよ、あの中に。きッと次郎も交じッているんだよ」

「行ってみましょうか、お嬢様」

「うしろから行って、そッと、目をふさいでやると面白い!」

「それよりもわッと背中をたたいておどかしてやりましょう!」

軽快な姿が、袂に風をはらんで、また短い坂を駆けました。

そこは野中の地蔵とよぶところで、晩には、沖の潮鳴りがきこえるほか、人も通らない湯町の端れで、ただ一軒、漁師の網小屋がぽつんと建っています。

網小屋のそばには、馬子や漁師や往来の者の湯浴みにまかせる野天風呂があって、今も、紫雲英のさいている原ッぱへ、笠やわらじをぬぎすてた旅の人が、草の葉の浮いている青天井の温泉につかッて、